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唐崎の松

唐崎神社の神木で、「琵琶湖の霊松」とも呼ばれる一本松です。 社伝によれば、天正9年(1581)に大風で松が倒れ、これを惜しんだ大津城主・新庄直頼らが同19年(1591)にその松の実生を植えたと伝わります。成長した二代目の […]

旧膳所城下町

江戸時代、徳川家康は大津城を廃城とし、新しく膳所城を築きました。これは大津を商業都市、膳所を軍事都市として役割を分けるためであったと考えられています。 膳所の城下町は、西庄村・膳所村・別保村などの5つの村にまたがり、その […]

志賀の大仏

都と近江を結ぶ志賀越えの道沿いに立つ石造の大仏です。 大きな花崗岩に像高3.1mの阿弥陀如来坐像が彫られています。鎌倉時代(13世紀頃)の作とされ、優しさにあふれた表情で、体部もどっしりとしています。志賀越えの道中の安全 […]

大津絵

大津絵は、江戸時代初期の寛永年間(17世紀前半)頃から、東海道大津宿の大谷町・追分町で売られていた民画です。素朴でのびのびとした描線や、寓意を含んだユーモラスな画題などで親しまれました。 松尾芭蕉の句に「大津絵の筆のはじ […]

粟津晴嵐

近江八景の一つ。東海道の膳所から瀬田までの松並木を描いた『粟津の晴嵐』は、強風に枝葉がざわめく様子から「晴嵐」と言われたそうです。現在、この場所では「粟津の晴嵐」の風景を復元した松並木の連なる遊歩道を歩き、湖岸沿いに広が […]

瀬田の唐橋

瀬田の唐橋は、「勢多橋」とも書きます。古くは壬申の乱(672年)における激戦の舞台として登場します。その後、東国から都入りする際の瀬田川に架かる唯一の橋として交通の要所となり、戦争の際には常に軍事目標とされたため、歴史上 […]

石場の常夜燈

石場の常夜燈は、幕末の弘化2年(1845)に建てられたもので、石場と対岸の矢橋(やばせ)間の渡し船の目印とされました。高さ8.4mの大型の常夜燈の基壇には、大津・京・大坂などの船仲間の名が刻まれています。かつては大津警察 […]

琵琶湖疏水

京阪電鉄三井寺駅のすぐ北側を流れる疏水運河。京都への飲料水の供給と灌漑、水運、発電を目的として明治18年(1885)6月2日に着工、約5年の歳月をかけて明治23年(1890)4月に完成した(第2疏水は明治45年(1912 […]

護法社(護法善神堂)石造橋

護法社前の放生池に架かる石造反橋で、橋桁の刻銘により享保10年に建造された。木造橋を模した幅約3.4m、長さ約10.5mの大規模なもので、意匠も優れ、昭和23年(1948)に国の重要美術品に認定され、平成10年(1998 […]

光浄院庭園

国宝・客殿の南に広がる池泉観賞式の庭園。江戸時代の作庭書『築山庭造伝』(前編)にも名庭として紹介されている。池中に石橋を架けた中島(亀島)や夜泊石を設け、山畔には立石を組んだ枯滝を配する。池が客殿広縁の真下まで入り込み、 […]