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観音さまの御遷座

西国観音霊場第十四番札所である観音堂はもとは正法寺とも呼ばれ、現在地よりもはるか山上の華の谷というところにありました。この華の谷に登るには道が険しく、また女人結界のため女性は参詣ができず、観音さまの御利益を願う人々からは […]

鯉になった僧 興義

平安時代の中頃、三井寺に興義という名の絵の巧みな僧がいました。興義は、仕事の合間に琵琶湖に小舟を浮かべ、漁師から買い取った魚を湖に還してやり、その魚の遊ぶさまを描くことを喜びとしていました。 あるときは、自ら眠りを誘って […]

謡曲『三井寺』

謡曲に世阿弥の作と伝えられる『三井寺』という名作があります。駿河国(静岡県)清見ケ関の女性が、子買いにさらわれたわが子を捜し訪ねて、京都・清水寺参籠の霊夢で三井寺へ参れと告げられます。 ときはあたかも中秋の名月。三井寺で […]

三井寺の門たたかばやけふの月

元禄4年の八月十五夜、中秋の名月の日に、木曽塚の無明庵で月見の句会が盛大に催されます。 歌詠みにとって、旧暦八月といえば、月の歌のみ詠み、月のみ心にかけたといわれるほどの句会は盛り上がり、風狂は尽くされます。 興が至って […]

閼伽井

金堂の近くには天智・天武・持統の三帝が御産湯に用いたという「三井の霊泉」があります。 古来より閼伽水として金堂のご本尊・弥勒さまにお供えされています。 三井寺という呼称は、人々がこの神聖な湧水がある寺を意味する「御井の寺 […]

大友与多王

近江大津宮の滅亡とともに悲運の最後をとげた大友皇子(のちの弘文天皇)。 壬申の乱により、満24歳の若さで亡くなった大友皇子には大友与多王とよばれる子供がありました。 大友与多王は父の死後、邸宅があった長等山東麓、現在の三 […]

秘仏 金堂の御本尊

三井寺の金堂にお祀りするご本尊、弥勒さまです。 このご本尊は今から千三百年余り前、三井寺が創建された時に天武天皇から賜わったと伝えられていますが、絶対の秘仏となっているため、この仏様を拝したひとは誰もいません。 寺伝によ […]

童子因縁の鐘

西国十四番札所観音堂への石段を登りつめた右手に建つ鐘楼は文化18年(1814)の 建立で、かつては、「童子因縁之鐘」と呼ばれる鐘が釣られていました。 この鐘を鋳造するに際し、三井寺の僧たちは大津の町々を托鉢行脚しました。 […]

相模坊と天狗杉

三井寺の本堂・金堂の向かいには天狗杉と呼ばれる樹齢千年と伝えられる樹高約20mの老杉があります。 室町時代の初め、相模坊道了という僧が三井寺の僧坊、勧学院で密教の修行をしていたとき、ある夜、突如として天狗となり書院の窓か […]

鼠になった頼豪阿闍梨

十八明神は、三井寺を守護する神ですが、一般には「ねずみの宮さん」の呼称で人々に親しまれています。平安時代、三井寺の頼豪阿闍梨という高僧に朝廷から皇子誕生を祈願するよう勅命が下りました。 その後、祈祷の験があって皇子が誕生 […]